プロレス、格闘技、IT、デジタル、iPod、Macなどの情報をお伝えするウェブマガジン[angle JAPAN]

›2009年07月04日

三沢さんのお別れ会に大勢のレスラーや関係者、そして1万人以上のファンが駆け付ける

Posted by TEAM-angle at 18:18 / Category: 【プ】NOAH / 0 TrackBack

090704_Misawa-1.jpg 4日、東京・ディファ有明でプロレスリング・ノアによる『三沢光晴お別れ会〜DEPARTURE〜(献花式)』が行われた。詳細はナイガイモバイル☆バトルをご覧下さい。
 先月13日の広島大会の試合中に亡くなられた三沢光晴さんとお別れをするため、会場には佐々木健介&北斗晶夫妻、蝶野正洋をはじめとする新日本プロレス勢、初代タイガーマスク(佐山聡)をはじめとするリアルジャパン勢、高木三四郎をはじめとするDDT勢のほか、曙、長州力、藤波辰爾、坂口征二、グレート小鹿、グレート・カブキ、谷津嘉章、田中将斗、望月成晃、池田大輔、村上和成、神取忍、金村キンタロー、黒田哲広(敬称略)といったプロレスラーから各団体のスタッフ、友人知人、マスコミ代表といった、およそ1000人もの関係者が駆け付け、ディファのアリーナを埋め尽くした。
 ノアのリングの向こう、ステージには祭壇が設けられ、グリーンのライトに照らされる中、腰にGHCヘビー級のベルトを巻き、シルバーのロングガウンを羽織って仁王立ちする三沢さんの遺影が飾られた。かつて『全日本プロレス中継』の実況アナを務め、今回の三沢さん死去のニュースに関しても各メディアでコメントを出していた徳光和夫アナは、弔辞の中でかつて息子さんが自分の進路に対して悩んでいるときに三沢さんから「自分を知って、自分を信じて、身の丈を大きくしていけ」とアドバイスされたというエピソードを披露した。

090704_Misawa-2.jpg そして追悼の10カウントゴングが鳴らされたあと、『スパルタンX』が流れるとリングアナが「赤コーナー、250パウンド、三沢光晴〜」と最後のコール。その後、来賓がリングを取り囲むように設置された献花台に献花をしていくと、出口付近では小橋建太をはじめとするノアの選手たちが来賓を見送った。
 来賓、さらに取材に来ていたマスコミ勢が献花を終えると、アリーナのイスを片付けて、いよいよ一般のファンの献花が始まるのだが、その合間にノアの選手たちが一斉に献花を行った。中でも齋藤彰俊は若干長い時間祈りを捧げると、沈痛の面持ちでリングを離れた。
 その後、一般献花が開始されたがノアの選手たちは出口付近に交代で並び、ファンを見送った。最初に並んでファンを見送った小橋と秋山準は、2人とも悲しみを堪えているのか終始険しい表情。三沢さんの献花を終え、そんな小橋と秋山を目の当たりにし、思わず涙が堪えきれなくファンも続出した。

090704_Misawa-3.jpg なお、徹夜組も出たという献花をしに来たファンだが、開始時間の14時の時点ですでにディファの敷地内には入りきれず、ゆりかもめ『有明テニスの森』駅まで伸びるほど。ファンとしては名残惜しいところだが、それだけの人数が来ていただけに献花はスピーディーかつスムーズに行われていった。しかしファンの列は減ることなく、むしろ時間が経つにつれて増えていく一方。
 G+での生中継が終わる15時の時点で、何と『有明テニスの森』駅から2つ先の『新豊洲』駅までのおよそ1kmにも及ぶ列が出来た。その後も東銀座方面にどんどん伸びていったため、ついに警察が出動して交通整理をするまでに。最終的には三沢さんが数々の激突を繰り広げてきた日本武道館がフルハウスになるくらい……1万人以上のファンが訪れ、改めて三沢さんが多くのファンに愛されていたことが分かった(※最終的には2万5000人ものファンが訪れた模様)。
 三沢さんの遺影を見て思わず涙する者、三沢Tシャツを着てきた者、写真やメッセージボードを供える者、「三沢、ありがとう!」と叫ぶ者……各々が三沢さんとお別れして、何とか気持ちを切り替えようと努力していた。献花を終え帰路につくファンには、仲田龍取締役らが微笑む三沢さんの写真に「時間は取り戻せない。私は後悔したくない。from理想主義者」と書かれたカードと、書画家・田中太山氏の力強い「三沢光晴」という文字とメッセージがプリントされたTシャツが手渡された。

【angle JAPANは休刊中。プロレス・格闘技のニュースや試合リポートは下記のサイトで!】
btln-banner_468-60.gif